生産的な企業活動のためには、「スタッフの自主性」や「一人ひとりの創造性」が欠かせません。多様なスタッフがそれぞれの個性を活かして能動的に働くことで組織の力が最大化されます。一方で、自主性や創造性は“個人の能力”に依存するものだから、自己研鑽はスタッフに任せている、という企業も少なくないのではないでしょうか。
神山町にある『フードハブ・プロジェクト』では、約30名のスタッフがそれぞれのスキルを活かしながら多岐に渡る事業を展開しています。そこに至るには、関係性や組織のあり方を”デザイン”するプロセスがあったと言います。そこで、2024年1月17日(水)に、神山町で『フードハブ・プロジェクト』を手がける、共同代表取締役 支配人の真鍋太一さんをお招きし、組織づくりのヒントについてデザイン経営の視点からお話いただきました。
真鍋さんは現在、農業法人『フードハブ・プロジェクト』の共同代表取締役 支配人のほか、マーケティングコンサルティングや社食事業を手がける『モノサス』の代表取締役社長、そしてレストランの運営などを行う『リッチソイル』の最高執行責任者を務めています。今回は、その中でも徳島県に拠点を置く『フードハブ・プロジェクト(以下、FHP)』を中心にお話しいただきました。
FHPが運営する神山町でお馴染みのレストラン『かま屋』や『かまパン&ストア』を知っている人は、FHPは飲食店や小売の会社だとイメージするかもしれません。しかし、FHPは神山の農業を次の世代につなぐための“農業法人”であると真鍋さんは強調します。
真鍋さんがFHPのもう一人の共同代表の白桃薫さんに出会ったのは、神山町の創生戦略「まちを将来世代につなぐプロジェクト」のワーキンググループだったと振り返ります。地元で代々農業を営む家に生まれた白桃さんが挙げた「農業の担い手がいない」という課題に共鳴した真鍋さん。後継者を育てるためには、まずは地域で育てた農産物を地域で食べる仕組みが必要で、料理人が地域の食や農の可能性をひらいていくのではないかと考え、白桃さんとタッグを組み、FHPの構想が生まれました。
そんなFHPのコンセプトは「地産地食」。すべての事業の核となるのは「農業の担い手の育成」です。FHPでは飲食店の営業に加え、神山町の小中学校の給食センターや、2023年に始まった『神山まるごと高専』の寮の食堂の運営を行っており、これらも神山の農作物を地元で食べる循環をつくるための取り組みです。
事業の中で大切にしているのが、どれだけ地産地食を達成したか測る指標の「産食率」。毎月、お客さんにも公開しています。数値化することで、できるだけ高い数値を記録するためのスタッフの自主的な議論が生まれるのだと真鍋さんは言います。
また、農業の担い手の育成として、農業研修制度も実施。収益性を高めて独立できるまでサポートし、様々な角度から神山の農業を持続するためのアプローチをかけています。
“農業法人”としてのFHPの組織の概要が掴めたところで、後半の本題であるデザイン経営と組織づくりの話に移りました。
まず、デザインの本質とは関係の構築であるというハーバート・サイモンの概念と、組織とは共通の目的に向かう仲間であるという考え方を真鍋さんは紹介しました。その上で、まず大切なのは組織の「目的」を共有することだと真鍋さんは言います。
企業活動の目的が重要視されるようになったのは、時代の変化も無関係ではないのだそう。従来の事業の作り方では、収益性が高いものに手をつけることが主流でしたが、現在では社会性を起点に事業が立ち上がる方向がスタンダードになりつつあります。そんな社会で事業を持続させるためには、より一層事業の社会的意義、つまり「目的」が大切なのです。
チーム内で目的が共有されてもなお立ちはだかる課題が「経営者と従業員の二項対立」。スタッフが自律して個性を活かしあう組織では、その対立からの脱却が不可欠だと真鍋さんは話します。
もともと、従業員としてのキャリアの長かった真鍋さんは「経営者と従業員が対等ではない」ことに納得がいかないこともあったのだとか。だからこそ、自分が経営者になったときはスタッフにそう感じさせないことを意識していたと振り返ります。そんな真鍋さんの経験から生まれた、FHPやモノサスで具体的に行っている取り組みを教えてくださいました。
二項対立から抜け出すためのポイントとして、従業員と経営者の「関係性のデザイン」、次に、人事制度などの「組織のデザイン」、最後に、同じ目的に向かって進むための「価値観の再共有」が重要であると話します。
一つずつ具体的に見ていきましょう。まず、FHPでは経営者が従業員を集めて行う会議をやめました。その代わりに、有志の社員が委員となり毎月の会議を運営しています。かつては一方的に集められることで、スタッフの主体性は失われていましたが、あえて任せたことで能動的に会議に参加するきっかけになったのだとか。会議の議題だけではなく、会議をするかどうか自体も、委員の判断に委ねているのだそう。
次に、スタッフの自律性を高めた事例として、チーム全員でのメディア運営が紹介されました。FHPでは『かま屋通信』、モノサスでは『ものさすサイト』を発行・更新しています。これらは、「会社で起こっていることを一人称で誰にでも分かるように書くこと」をルールとしてスタッフ全員が書いています。これらの執筆を何十回と重ねることで、会社で起こっていることが自分ごとになっていくのだと教えてくださいました。
最後は、人事制度のデザインについてお話しくださいました。モノサスでは、新人以外の社員は自分で給与額を決めることができるのだとか。スタッフが自分の給与を自分で設定することで、その給与分の働きを自分で約束して働くことを目指しています。
これらの仕組みに共通することはスタッフが「自分で選ぶ」ということ。経営者の指示に従う従業員というスタイルではなく、従業員の意思を経営者が尊重する、対等なチームの関係性が話の中から伺えました。自分で意思決定を重ねることこそが、自主性や創造性を育むプロセスには必要不可欠であることが、今回の講義から学ぶことができました。
ここで講義は一旦終了し、30分程度のディスカッションの時間に移りました。参加者はそれぞれグループに分かれ、経営者もスタッフも立場など関係なく今日の感想やそれぞれの現場の課題を共有。活発な議論が繰り広げられました。
最後の質問・感想タイムでは、「意思決定のプロセスを手放すことの難しさの乗り越え方について知りたい」、「経営者がやりたいことをスタッフに理解してもらえないこともあるが、パートナーを見つけて共に解決するという視点を手に入れられた」などの経営者目線の課題の話から、「神山町での地域の連携について」など農業に関する具体的な質問も見られました。
今回の講座では、スタッフが自律して経営者とともに活かしあう組織について学びました。次回は、森正株式会社の代表取締役社長 森駿氏をお招きし、「伝統産業×デザイン経営」をテーマに、ブランディングをはじめ、仏壇などの高額・高付加価値商品の開発についてお話しいただきます。
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