『徳島クリエイターズライブラリ』を通じて、既にいくつもの企業や自治体等とクリエイターとの マッチングが実現しています。企業や自治体にクリエイターのスキルが加わることで、どのような 変化があったのでしょうか? 今回ご紹介するのは、コピーライターの新居篤志さんと佐那河内村のお話です。
佐那河内村では現在『さなごうち次世代へ贈る、新しい光景・ものがたりの創出』と銘打った村づくりの事業を進めています。その事業のクリエイティブディレクターとして起用されたのが徳島クリエイターズライブラリでも紹介しているクリエイター・新居篤志さんです。事業内容としては、『シビックプライド(村人である誇り)の醸成』『村の歴史・伝統文化の保存』『村にのこる文化資産の披露』『村の集いの場の創出・活性化』の4つを大きな柱として掲げていますが、この事業を行うにあたって最も重要なポイントのひとつは“県内クリエイターに参画してもらうこと”であったと、佐那河内村役場の谷さんは話します。
「自治体でこういった事業を行う場合、東京のコンサルティング会社や著名なクリエイターを呼んだりするのが“よくあるパターン”なのですが、いろんな自治体でそれをやった事例とその結果を見て、私にはどうにも違和感があったんです。特に佐那河内村にはそのパターンは向いていないだろう、と。なぜなら、佐那河内村は県外から移住などで訪れる人は少なくて、徳島県内の人からの支持率が意外に高いというデータがあったからです。だからこそ、徳島県民の性質をよく知っている県内クリエイターと一緒に今回のプロジェクトをやりたい、という思いがありました」
そこで白羽の矢が立ったのが、徳島県内で多くの実績を持つ新居さんでした。徳島クリエイターズライブラリで初めて新居さんのことを知った谷さんは、その実績もさることながら、これまでいろんな場所で目にしてきた広告のコピーが新居さんの言葉であったことに驚いたといいます。「こんな美しい言葉を使っていたのが、こんな人だったのか」と(※編注:決して悪口ではありません笑)。そうして、佐那河内村のプロジェクトは新居さんをクリエイティブディレクターとして動き出しました。
プロジェクトの起点としてまず制作したのが、佐那河内村を端的に表したコピーとシンボルマークです。新居さんが書いたコピーが『さち香る風の谷』。自然の恵み(幸)と村人の幸福感(幸)、そしてノスタルジックな谷あいの里のイメージを感覚的に捉えられる言葉になっています。そのコピーが添えられたシンボルマークを制作したのは、グラフィックデザイナーの藤本孝明さん。マークの中には佐那河内村のあちこちにある幸がアイコンとして具現化されています。このコピーとシンボルマークを旗印にプロジェクトは進行してくわけですが、その重要なポイントは「暮らしやすさを保ったままプレゼンス(村の存在感)を上げること」だと新居さんは話します。
「こういったプロジェクトでは、村人が置き去りというのが一番良くないと思っています。だから、村を観光地化するようなことではなく、現在の住みやすさを保ちつつ村のプレゼンスを上げることが大事です。だから、このプロジェクトで都市部の人をターゲットにすることは全く考えていなくて、エリアでいうとターゲットは徳島県東部エリア。また、手法としてはオーソドックスな口コミを重要視しています」
その口コミの仕掛けのひとつとして展開しているのが『さなごうちFANSHOP』です。現在は徳島県内の飲食店を対象としてFANSHOPを募集しており、店舗では佐那河内産の食材を用いたメニューが提供されている他、佐那河内村のオリジナルポスターが貼られています。ポスターデザインを担当したのはグラフィックデザイナーの杉崎義彦さん。ポスターはいわゆる広告然とした内容ではなく、おしゃれな店内にも溶け込むよう、アートのようなデザインに短いメッセージが添えられたものになっています。そのビジュアルと情報量の少なさが秀逸で、「これなに?」といった客と店主との会話が容易に想像できます。この佐那河内村をテーマにした小さなコミュニケーションの積み重ねこそが、大きな狙いだと新居さんはいいます。
「食事の場、お酒の場で佐那河内村のことを少し話題にしてもらうだけでも成功なんですよ。『佐那河内村って最近おもっしょいことしよんやな』と思ってもらえたらそれでいい。あと、このポスターは村人に対してのメッセージでもあるんです。『一皮むいていこう』とか『知恵しぼっていこう』とかっていうメッセージを見て、『自分もがんばって何かやろう』と思ってもらえる村人がいっぱい出てきて欲しい。そうやって盛り上がりの機運を高めることが佐那河内村にとっては最も重要なことだと思っています」
徳島県民の中には佐那河内村がどこにあるのかも分かっていない人もいるでしょう。だから、移住を検討していたとしても、佐那河内村が選択肢にも入っていないというケースも多々あるはずです。その選択肢に入れてもらうため、また佐那河内村を良くしていくために、これから数年をかけて地域のブランド力を高めていくのだと新居さんは話します。
「地域のブランド力があるかないかで、あらゆることが違ってきます。例えばイベントひとつやるにしても、地域のブランド力次第で集客力は全く違ってきます。だから、今は地道な基礎筋トレをしているような状態なんですよ。同じことを発信しても、今と5年後では反応が全然違うはずです」
現在、プロジェクトでは地域のブランド力を高めるベースの動きの他、写真家の米津光さんによる風景写真のアーカイブス化、またその写真展の開催も予定しています。
これからどのように佐那河内村が変わっていくのか。佐那河内村×クリエイターによる地方創生のかたちに注目しましょう。