環境問題や少子高齢化、働き方の変化など、従来の価値観が見直されている現代において、企業の持続的な発展には「ESG(=Environment・環境、Social・社会、Governance・企業統治)の視点が欠かせません。経済的な豊かさだけではなく、人と、環境と、社会が共に豊かになる経営には、どのような考え方が必要なのでしょうか。
11月15日(水)、人にも環境にも優しい石けん・スキンケア製品を製造販売する松山油脂株式会社の代表取締役社長の松山剛己氏をお招きし、同社の既存ブランドと、2020年に佐那河内村にオープンした「山神果樹薬草園」での取り組みを通じた「デザイン経営」「ビジョン経営」「ESG経営」についてお話しいただきました。
もともと、松山さんの家業であった石けんメーカー「松山油脂」。松山さんは、大学卒業後に大手広告代理店や商社勤務を経て、1994年に家業に戻ります。当時は売上が4億円、従業員25人の小さな町工場だったと言います。現在は売り上げを20倍まで伸ばし、東京都墨田区に本社・工場、山梨県富士河口湖町に工場を持つまでになりました。
2000年に社長に就任してからの10年間は、会社を存続させるために必死だったと松山さんは振り返ります。「小さくて強い会社」になるため、経営方針と行動指針を全社員に配りました。これまで大手メーカーの下請けだった会社が、自身で価格を決められる自社ブランドをつくり、直営店も開き、新しい工場も建設するという、会社としての大きな転換期でもありました。安全性と環境性、有用性のバランスがとれた石けんやスキンケア製品をつくると決めたことが、お客様のご支持につながり、業績も順調でした。現在では、「無添加せっけん」に始まるシンプルなボディケア、ヘアケア、スキンケア製品を揃えた「Mマークシリーズ」、精油やエキス、色素など、植物の恵みを取り入れた「リーフ&ボタニクス」、ボディケア、ヘアケア、スキンケアにとどまらず、タオルや帆布のバッグなどのデイリープロダクト(日用品)を提案する「MARKS&WEB」、富士北麓の野草や有用植物を活かし、化粧品原料製造のきっかけとなった「北麓草水(ほくろくそうすい)」などを展開しています。
自社ブランドを展開するなかで、「柚子(ゆず)ボディローション」という製品がとても評判になりました。保湿力といった機能だけでなく、柚子精油の香りが、特に海外のお客様の心をつかみました。その後、柚子精油が配合された製品が市場に出回るようになり、精油の供給量が足りなくなる恐れが出てきました。それならば、柚子精油も仕入れるのではなく果樹園をつくり、自分たちの手で抽出したいと思うようになった松山さん。農地を探すなかで佐那河内村とのご縁がありました。これが「山神果樹薬草園」の始まりです。現在、和柑橘の調達、精油の抽出、果汁の搾汁、加工食品製造販売、酒類製造販売、有機農法・自然農法の構築、和柑橘の有用性の研究、オープンガーデンの定期開催、ファクトリーショップの運営と活動は多岐にわたり、来年には苗木から育てた柚子の収穫が始まるのだそう。また、搾汁から最終残渣の堆肥化までワンストップで手掛けています。果実を丸ごと使いきる、廃棄物をなるべく出さないよう事業をデザインし、今後は国内と海外に向けて製品を展開していきたいとお話しくださいました。
松山油脂の事業展開のストーリーを一通りお話しいただいた後、松山さんはこれからの会社経営では、3つの経営をバランス良く組み合わせることが重要だと強調しました。それは、「ビジョン経営」「デザイン経営」「ESG経営」です。一つひとつ、詳しく見ていきましょう。
まず、ビジョン経営とは、会社がなぜ存在していて、どこに向かっているのかを社員に伝えるという考え方です。松山さんは「会社は、一人ではできないことをスタッフの力を借りて実現する場だと考えています。だから、スタッフのやりたいことと、社長のやりたいことが重なっているほど会社は強くなります。モノづくりは、人から始まります」と語ります。自身のビジョンを伝えるため、スタッフとのコミュニケーションを大切にし、採用の最終面接でも、松山さんが直接応募者に伝えるようにしているのだとか。
次に、デザイン経営についてご紹介くださいました。ここでいうデザインとは、意匠ではなく「設計」のことであり、ビジョンを達成するための行為だと言います。パッケージや空間のデザインも突き詰めてこだわる松山油脂。松山さんは「会社がつくるモノの全てが整合性を持ってお客様に届いたときに、お客様の総意がブランドになっていきます」と強調します。その意味でも、デザインは重要性が高く、お客様にお届けするモノは、ブランドの持ち味を生かして精度を高く磨いていくことを心がけているそう。また、パッケージや事業所の写真を見せながら、どのような狙いでそれをデザインしたのかも解説してくださいました。
さらに、デザインへの美意識は組織図にも表しています。組織も美しいものであるべきという考えのもと、透明性のある組織図やキャリアパスを社員全体に公開しているのだと教えてくださいました。
最後に、ESG経営について。経済と環境の両立において、デイリーウェルネスを実現することが、ESG経営だと言います。デイリーウェルネスとは、心身のすこやかさと日常の豊かさのこと。セミナーの冒頭にも松山さんはESGとは、他者に貢献するなかで自己実現を追求することだともおっしゃっていました。自分だけが良くなるのではなく、他者への眼差しを常に持つことこそが、ESGに繋がることが伝わってきました。
最後に、まとめとして、経営の理想像をお話しくださいました。先程の「ビジョン経営」「デザイン経営」「ESG経営」を、それぞれ人間が生きる上での理想の状態を表した言葉「真善美」に置き換えると、ビジョン経営が真、ESG経営が善、デザイン経営が美になるのだそう。この3つが揃い、さらに収益力が重なることで初めて人的資本経営が成り立つと強調しました。
松山さんのお話からは、何事にも徹底した美意識を持って取り組むことと、スタッフを仲間と呼び、家族のように思いやる愛情が伝わってきました。お話しいただいた内容は、どれも当たり前のように思えることですが、理想を高く保ち続けることは、とても難しいことです。それらを妥協せずに突き詰めることが、人にも、社会にも優しい経営に繋がるのだと感じられました。
最後に、質問タイムでは、「経営手法を変化させるなかで社員との距離の変化はあったのか。それをどう乗り越えたのか」「環境問題と利益のどちらを重視しているか」「社会的意義のある活動を継続させる方法や価格との向き合い方」「徳島の他の地域にはない価値とは何か」などが挙がりました。
閉会後も、松山さんに質問する列が絶えないほど、参加者の皆さんは熱心に聞いていらっしゃいました。
<次回案内>
次回は2024年1月17日(水) 14:00〜15:30に、フードハブ・プロジェクトの真鍋太一さんにお越しいただきます。引き続き、企業活動におけるデザイン思考の重要性について迫ります。