「伝統産業」と聞くと、変化が難しい業界というイメージを持つ方も多いかもしれません。また、伝統的な企業には、デザイン思考やデザイン経営は無縁だと考えている方はいらっしゃいませんか。
実は、伝統産業こそデザインの視点が必要です。自社商品の本質的な意義や良さを言語化し、それをプロダクトに落とし込み、マーケティングの視点を持ってエンドユーザーまで届ける。この過程ではデザインの視点が重要になってきます。
それを教えてくれたのは、森正株式会社の代表取締役社長である森駿さん。徳島で仏壇・仏具業界を牽引してきた森正株式会社では、「伝統産業×デザイン」の観点で革新的な取組みを行い、業界に新たな風を吹かせてきました。高額・高付加価値の商品である仏壇や仏具。それらを届けるためのプロセスは、どんな業界にも生かせるはずです。今回は、デザインの視点を生かした、伝統産業におけるものづくりや、ブランディング、マーケティングについてお話いただきました。
森正と言えば、「そ、そ、そん(損)の字な〜い悟空のぶつだん♩」のCMソング。昭和48年設立の同社は、徳島県内の仏壇専門店『おぶつだんの悟空』の運営のほか、自社で製造した仏壇仏具を全国へ卸しています。
「会社の本質として、私たちは“祈り”を提供しているのだと考えています」と森さん。仏壇や仏具のその先にある、人々の普遍的な「大切な人を思う気持ち」を重視しているとご紹介くださいました。
その後、仏壇業界を取り巻く環境について学びました。現在、死亡者数は増えているにもかかわらず、仏壇市場は縮小しています。戸建てからマンションに住む人が増えて、仏具自体が小型化しており、単価が下がっているのだそうです。さらに、仏壇は西洋化した家に馴染むように、小型でモダンなものへと変わったというデザイン面でのトレンドの変化もあります。
そんな業界の中で、森正の仏具仏壇は他のメーカーよりも1.5〜2倍ほどの高価格帯を維持し続けて業界を牽引しています。縮小する市場でも生き残るためにはどんな努力があったのでしょうか。
かつて仏壇業界では、安い労働力を求めて海外に工場を移すトレンドがありました。しかし、森正の先代は国内での生産にこだわり続けたと言います。その結果、国内仏壇工場として唯一の最大級規模の一貫生産ができる会社としてのポジションを確立しました。社内で企画からデザイン、生産まで一貫して行うことが、緻密な品質管理と、デザイン性の高い商品の生産を可能にしているのだそうです。
さらに森正では、“作ること”と同じくらい“売ること”も大事にしています。国内生産へ舵切りをした時、その当時ではめずらしかった企画部やインハウスデザイナーを社内に設け、自社のプロダクトを販売するためのマーケティング、サービス、セールスなども手がけるようになりました。海外に拠点を移さない決意をしたということは、「価格競争はしない」と決めること。業界のトレンドとは真逆を進みながら、高価格での販売を続けるための「作って売る」仕組みが構築されました。
その姿勢を貫くことで、高品質、高価格帯の企業のポジション、ブランディングを確立。ここで、業界で生き抜くためにはポジショニングが重要であると森さんは強調します。ポジショニングでは、「顧客が誰であるか」「顧客に提供する便益や顧客に選ばれる理由」「競合が提供する便益と、競合には解決できない課題」を徹底的に洗い出す必要があると言います。
また、森さんは「高い品質を当たり前のものにする」ための組織づくりや商品開発、営業方法についてもレクチャーくださいました。特に、営業の話では「よくわからないものってなかなか購入できませんよね」と前置きをした上で、小売店が商品をより魅力的にセールストークができるようになるために森正が企画する勉強会や工場見学、販促支援の実例を教えてくださいました。
これまでを踏まえて森さんは「デザイン経営とは、クリエイティブによる課題解決の手段です。文化やプロセス、体験など全てが含まれると思います」とまとめました。プロダクトのデザインだけではなく、企業や業界が抱える課題を解決するためのツールとしてデザイン思考やデザイン経営があり、それらは伝統的な会社でも力を発揮している様子が伝わってきました。
講義終了の前に、森さんが前職の広告代理店でデザイナーの専門職採用をしていた時のお話をしてくださいました。採用する中で、デザイナーとして大事なことは良い絵ができることよりも「課題を深堀り、言語化する力」だと気づいたと言います。
コミュニケーションを通して、「顧客の課題に対して理解を深め解像度を高くする」「高い解像度から生まれる施策の方向性や戦術の設計」「それを支えるコミュニケーション能力と論理展開」、これらの3つができて初めて、アイデアやクリエイティブでの勝負ができると森さんは言います。ビジネスの中でデザインを武器にする場合、ビジュアル制作ができることはもちろん、それを利益に結びつけるまでの思考力が他との差をつけるのだと学ぶことができました。
最後に、今回のテーマでもある伝統産業の中でデザイン経営を生かすなら、という観点での森さんの考えをお話してくださいました。まずは、「大切な伝統を守るために革新する」という考え方です。同じことを繰り返していて市場が縮小しているのであれば、手法を変える必要があり、時には自分の市場を食ってしまうような革新であったとしても、守るためには必要であると森さんは話します。また、伝統産業はアートの要素だけではないので、経済合理性も重要であるとお話しくださいました。他にも、外部人材の活用なども森正で取り入れている事例をお話してくださいました。これらの総括として「デザイン経営は、ボトムアップではどうしても難しいと思います。トップの意志をかたく持つこともとても重要です」と強調しました。
最後の質問・感想タイムでは、「ものづくりにおいて、こだわることと同じくらい経済合理性を担保することが継続につながるのだと感じました」「仏壇仏具は必要にならないと探さない商品なので、エンドユーザーまで届ける設計が難しそうです」「最後の“良いデザイナーとは”がすごく響きました」などの感想から「供養における高品質さとは何でしょうか」などの本質に迫る質問まで飛び交いました。最後はグループメンバーや森さんとの名刺交換で盛り上がる様子が見られました。
この講座で、とくしまデザイン塾 デザイン経営シリーズ平成長久館」セミナーは終了となります。ぜひ、デザインの視点を経営に組み込み、より効果的な企業活動にお役立ていただけますと幸いです。