今回のクリエイター訪問記でやってきたのは、徳島市西船場町にある『近藤デザイン事務所』。代表である近藤さんは、徳島県の小中学生なら誰もが知っている“アレ”をデザインしたグラフィックデザイナーです。
近藤さんが手にしているモノ、なんとなく見覚えのある人もいるのではないでしょうか。そう、これは徳島県の公立小中学校の給食で毎日出てくる牛乳パックです。他にも、徳島での暮らしで目にする様々な場所やモノに近藤さんのデザインがあります。さらにはwebにまで近藤さんの仕事領域は及びますが、その幅広いスキルは会社員時代に身に付けたものだといいます。
「専門学校を卒業した後、徳島の制作会社にグラフィックデザイナーとして就職しました。その当時って、いろんな企業が自社のwebサイトを作り始めた時代だったんですよね。そんな時代背景もあって会社にはweb制作の仕事もたくさん舞い込んできていたのですが、専門的に学んだスタッフが誰もいなくて。だから僕を含めた数人が手探りで制作をやることになったんです。web制作のスキルはそのときに独学で会得しました」
その後、近藤さんは2006年、30歳のときに独立することになります。しかし、会社員時代のクライアントとの個人的な繋がりは一切なかったため、本当に何もないゼロからのスタートになったのだとか。
「当時僕も尖っていたので(笑)。誰の言いなりにもならず全て自己責任で自分の好きなようにやりたい、と思って若さの勢いのままに会社を辞めて独立開業しました。クライアントゼロの状態だったので、最初飛び込み営業なんかもしたんですよ。でもそれはすぐにやめて、自分のwebサイトを立ち上げてそこから集客しようという方向に切り替えました。その頃のwebはFlashが流行っていて。僕もFlashが得意分野のひとつでしたので、自分のサイトも最先端のFlashを使って構築していました。そのおかげもあってか、web制作の仕事依頼がきたんですよね。そんな感じで自分のwebサイトでの集客から仕事が広がっていきました」
web制作も手掛けるマルチなクリエイターですが、「自分はあくまでグラフィックデザイナー」だと近藤さんはいいます。
「webデザインも好きではあるのですが、やっぱり僕はグラフィックデザインを一番大事にしています。特に独立してからは、その気持ちを強く持っていて、先輩デザイナーの作品も意識して見るようになりました。『自分はまだまだだな』と気付かせてくれますし、独立同時は相当刺激を受けましたね。『日本タイポグラフィ年鑑』なんかも会社員時代は全く手が届かないものとして見ていましたが、独立してからは『自分も載ってみたい』と思うようになりました」
日本タイポグラフィ年鑑を意識し始めてから、近藤さんのデザインに対する取り組み方は変わったといいます。一つひとつの仕事・作品により時間をかけて、よりクオリティを追求するようになったのだとか。結果、2016年の日本タイポグラフィ年鑑に近藤さんの作品が初めて掲載されることになったのです。
「初めて掲載されたのは『ひだか和紙』さんのロゴマークでしたが、やっぱり嬉しかったですね。普段の仕事ではクライアントさんに喜んでもらえることはあっても、デザインの専門家の目線で評価してもらえることってないんです。だから、日本タイポグラフィ年鑑に掲載してもらえたことは、喜び以上に自信にもなりました」
できるだけ自由な発想が生まれるように手書きのデザインスケッチを重視するなど、近藤さんにはいくつかの仕事のこだわりがありますが、それらはあくまで手段であって、本当に大事なことは別にあるのだといいます。
「デザインの仕事って、規模の大小に関わらず、全てに意味があると思っています。人と人を繋げたり、人の行動を変えたり、世の中に良い影響を与えたり。僕のデザインを誰かが見て、その人が何かを感じ取って、行動して、未来が変わる。そうやって、自分のデザインの行く先をいつも想像しています」
自分のデザインが未来の役に立つ、という感覚を一番大事にしていると話す近藤さん。そして、そういった考えに至るきっかけとなった一冊の本があるといいます。
「祖父の著書で『針の穴から』という本があって。時代時代での祖父が感じたことを短歌で綴っている本なんですが、数年前に初めてその本をじっくり読んでみたんですよ。そうしたら、すごく感動して、元気を貰ったんです。祖父は僕が小学生のときに亡くなっているんですが、そんな昔の人が今を生きている人を元気にさせられるってすごいな、と思って。一方で、僕がしているデザインという仕事も、後世に何かメッセージを残せる仕事なんですよね。僕のデザインも、何十年後の誰かに元気を与えられるかもしれない。そう思って、自分のデザインが作る未来を想像しながら仕事をするようになりました」
デザインが誰かの未来を変える。自身がそうだったからこそ、近藤さんはデザインが持つ可能性を信じています。未来をデザインする、といえば大げさかもしれませんが、近藤さんの仕事にはその想いがいつも込められているのです。